私が、一番好きな推理作家―漸くそう言い切ることにする―、そしてシリーズキャラクターである。
日本では、実力に見合わぬ、「微妙マイナー大巨匠」。
しかしここで、小さな場だが声を大にして叫びたい。
最高だ!
一般的には、
”長い”、”余りに文学っぽくてとっつきにくい”、”重い”…
”主人公が普通で面白くなーい”。
それが何だ!何だってんだコラ!
言ってみれば…
斬る相手を選ぶ名剣。
斬られて嬉し、天国。
…確かに、今気づいた、ややMっぽい方がこの、重くてリアルで真面目な警官が主人公の、とことんイギリスなシリーズには向くかもしれないな…(笑)
興味を持った方、ドカーンと斬られちゃってみて!
「P.D.ジェイムズ」がどんなおばあちゃんか見たい方は、先にこちら、ランダムハウス社内公式サイトをどうぞ。
http://www.randomhouse.com/features/pdjames/ 再読、と言っても私にとってであって、ブログで本書を採り上げるのは初めて。
初めてジェイムズ作品を読んだのはブログを始めるずっと前のことで、ブログで初めて扱ったのは『神学校の死』であったと思う。だから、「再読だけどここでは初めて」は、『正義』まで同様。
ジェイムズ作品同様、「読んだのが余りに前であるが故にこのブログでは忘れ去られていたもの」はかなり沢山あるのだが、その中ではジェイムズ作品は是が非でも表に出してこないといけないと思ったし、偶然最近、最新作(日本での)『灯台』を読んで(85歳にしてこの体力!)、結局全作品買い集めることにしてしまったのもいい機会なので、感想書きを始めることにした。
私の読書はほとんど図書館頼み(読む本を全部買っていたらとっくに寝る場所がないはず)なので、書名などと一緒に借りた図書館名も記録しているのだが、その記録を見直すと、ジェイムズ作品の初読の時は結婚する前に通っていた図書館で借りていた。ということは、少なくとも6年以上前ということになる。初めてリアルタイムで読んだ作品が『神学校の死』で、これもまだ結婚前。次の『殺人展示室』でやっと、結婚2年目である。
当然、初読当時の私は結婚もしていなければましてや子供もいなかったし、その頃に比べれば、いくら齢が齢とはいえまだ何らかの成長はしているはずなので、やっぱり6年以上も経ち、結婚して子供も持つと読み方も随分深くなったと…思いたい。実際、初めて読んだ時は全然気づかなかったことにいくつも気づいてますますこのシリーズにハマっているのである。
シリーズ、と書いたが、ここで採り上げるのはジェイムズ作品の8割を占める「ダルグリッシュ警視(長)シリーズ」である。コーデリア・グレイものの方が日本でははるかに有名だし古書店でもよく見かけるが、採り上げない。ノン・シリーズも非常に素晴らしいが同様である。
とにかく怖ろしいことに、このシリーズは、読み始めると全てを犠牲にしてでも一気読みしたくなる(笑)。
正直言って主婦の敵、子育ての天敵である。そういえば初めて読んだ時も、一気読みだった。詳しくは述べないが、一日中座っていればいい仕事で、1日7時間本を読み続ける生活を6年続けて、そういう状態だったので、幸福にも一気読みができたと思う。勿論、通勤時間にかかれば電車の中でも読んだ。
余りに描写が詳細かつそれが嫌でなく、最高に「本を読んでいる」以外の何物でもない状態に誘い込んでくれる。故に、絶対に「一旦ストップ」ができないのである。
何という満足感…
読書が趣味でよかったと、これほど思わされるシリーズはない…
…(遠い目)(余韻)
(幸せなため息)
(にやにやが止まらない…)
まあそういうわけである(笑)。
一言で言えば、現実逃避にこれほど最適なものはない…のだが、あくまでも、こういう作品が好き、ならである。
文庫版『ナイチンゲールの屍衣』の解説で権田萬治さんが、瀬戸川猛資さんの指摘として、P.D.ジェイムズ作品は、
・通勤・通学の乗り物の中だけで読む
・寝る前に少しずつ読む
は禁止、と紹介なさっているのは正にその通りで、もう、読み出したら絶対に止められない。(ということはつまり、寝る前に読み始めたら間違いなく睡眠時間は半分以下になるわけだ)
今回最初に読み直した『ナイチンゲール』は諸事情あって2日に亘ったものの、実質的に9割を読んだ2日目は一気にラストまで。
『黒い塔』に至っては、この本を一気読みしたいがために、子供を禁断の昼寝に追いやり(そう、夜が大変なのは重々わかっているのだが…)、しかも、トースト・ベーコンエッグ・紅茶という英国式朝食を昼食に用意して読み始めた。(そこまでしたのに…淹れた紅茶は余りに古くなっていて味も何もなかったというオチもついたが。)
一言で言えば…「本を読むことが好きな人」かつ「主に推理小説を読む人」には一番の作家ということである。
推理小説ファンなのにまだ食わず嫌いしている人には「勿体ない!」と言いたいが、まあ…これも趣味だから無理強いはできない。ライトな推理小説がいいという人には勿論、ミステリに文学性なんて要らねえよとまで思っている方には、逆に、没入させてくれるという特色ゆえに、お勧めはしない。
また、ジェイムズ作品について書く時には必ず書いていることだが、主人公があくまでも常識的大人、由緒正しい英国紳士である点も、好き嫌いが分かれるのだろうか。私はむしろ、そうだからこそ大好きなのだが!
そして、常に英国らしい生活が流れていること。結局どんな事件の物語であろうが、あくまでもそれは「英国的生活」(と、当然そこから生まれるイギリス人的常識)の中で起こっている出来事にすぎないのだと、そういう背景も含めてもう完全にストーリーに没入できる。で、私はその英国的生活ってのが大好きなのである。その理由はもう詳しくは書かないが、ロンドンには2回行ってフリープランで歩き回って、老後また真っ先に行きたいのも間違いなくロンドン(笑)。何というか…もう、動じないっていうかね。事件が起きても、一般的には無粋と思われている(ダルグリッシュ警視はそうではないのだが…そこがまた、奇人な探偵の好きな人には可愛げがないということになるのだろうか?)、警察官という人種が自分たちの中に入ってきても、やっぱりベッドで飲む紅茶に始まって紅茶で終わる生活、イギリス人的な合理的だったりマナーを優先する(時々は鼻持ちならない、と他の民族に思われる)ものの考え方は絶対に変わらなかったり。
イギリスの街。イギリスの田舎。イギリスの建物。イギリスの自然。イギリス人の社会。こういうもの全てがリアルかつ、リアルというとすぐクソリアリズムと最近では思われがちだが、違うのだ。ただひたすらに、物語にはまりこむ助けにしかならない。
ここで遅ればせながら著者のことを簡単に述べておくと、1920年オックスフォード生まれ(うちのばあちゃんと同い年!)、高校卒業後、医師と結婚し娘を2人もうけるが、夫は戦争で精神を病み、療養中も、そして夫の死後も、著者が公務員として生計を立てる。保険、警察、少年犯罪といった、結果的には推理小説に非常に役に立つ分野で勤め上げ、その功績で、DBE及び一代貴族「ホランド・パークのジェイムズ女男爵」に叙されている。(Wikiよりもはてなキーワードの方が詳しいので、
こちら)
正に、彼女の作品の特徴は、中産階級出身で、当時の例に漏れず女故に大学教育は受けさせてもらえず(確かそんなことをどこかで読んだ。彼女が最も影響を受けたD.L.セイヤーズは女性としては当時女性として初めてオックスフォード大学で学位を受けた1人なのだが)、若くして結婚、運悪く夫に生活力がなく、社会に出て、女ながらに男社会で上りつめたスーパー社会人で、故に常識的、現実主義であり、同時に豊かな発想力があり怖ろしく体力気力があって頭のいい、要は凄くカッコイイ女(現在89歳)故のもの。
その経歴故に、病院、研究所、学校といった「閉鎖的組織内での歪んだ人間関係」ものを得意とするが(実際病院内の男女関係なんてものはねえ…(--;))、とにかく知識と経験の裏づけが凄い。「推理小説だからいいじゃん♪」なんていう、「文学と認めてもらえないジャンル」故の甘え(なんてものは、勿論ほとんどの作家にはないけど、一応逃げ道として存在することは事実である)は微塵もない。
そして、人間観察の鋭さ、怜悧さ!
犯人には勿論、被害者となった人物にも等分に厳しい、これまたリアルすぎるほどリアルな人物描写。
或いは田舎の集落で起きた事件でも、孤島の事件でも…全てが生きている。そこにある。
著者自身は自分の作品を文学作品と主張してはいないだろうし、やはり推理小説は推理小説なのである。あくまでも、事件が起き、謎が解けるのを楽しみに読むもの。そして余りに巧緻な出来故に、真相は言われてみれば余りに納得で唖然としてしまう。そのくせ、やっぱり驚かされるのだ。犯人が誰と言うよりも、余りにも描きこんで、描き出してくれて、物語を追う事自体が楽しくてすっかりいい気分にさせられて、犯人もちゃんとわかるという、著者の「手口」に!
アクロバティック?くそくらえ!超人探偵?それが何?
もう読者は何も持たなくていい、身一つで全てを委ねていい、そんな、豪壮精緻なイギリスの古い建築物にも似た揺るがなさ。
但し。
後の作品ほど長い。最新作『灯台』はそうでもないのだが、結果的には「中期の」となるであろう大作はもう、長い、その上、複数のプロットが同時進行する。ので、『わが職業は死』あたりから、かなり体力を要する。流石にそれだけのものは書く方も大変らしく、2〜3年、長い時には9年空いた(ダルグリッシュものとして。この間、グレイものを1作書いているが)こともある、「寡作作家」である。しかしひとたび出れば…凄い。
当然、CWA賞(英国推理作家協会賞)シルヴァー・ダガー賞3回、及び功績を称えてダイヤモンド・ダガー賞受賞。MWA(アメリカ推理作家協会賞)巨匠賞第1回受賞。
…という経歴なら、もっと日本でも有名なはずなんだが…
まあ、数年前にMWA長編賞を桐野夏生と争って受賞したイアン・ランキンもまだまだ、推理小説ファン以外にはそんなにメジャーとも言えないし(そもそも、桐野夏生が候補になったことはニュースになったが、実際に誰が獲ったかは全くニュースにならなかった)。このイアン・ランキンも大好きで以前記事にしたこともあるが、最近カッコイイ表紙の文庫も出まして、これからはどんどんメジャーになっていくことを期待する。
と、そんな状態なので、はっきり言って昔の作品は手に入れにくい。2000年代の『神学校の死』『殺人展示室』『灯台』ならまだ新本(ポケミス)として手に入るが、それ以前となると、文庫ですら絶版というとんでもない状態で、ましてやポケミス版となるともう骨董品の域に入りそうである。
しかし…ポケミスの魅力、って、ある。
おわかりの方にはおわかり頂けるだろうが、あの、ポケミス独特の、「推理小説読んでる感」(その厚さ、オブストラクトな表紙画、ビニールのカバー、小口が黄色く染めてある…が醸し出す)…!!!
この、ポケミスフェチさは小学生の時クリスティーの『蒼ざめた馬』をポケミスで読んでいっぱしの大人のつもりでいた頃以来変わっていない。
なので今回は、古書で、なるべくポケミスで集めた。…かなりボロいし汚いが(笑)。
近所のブックオフなんてものは、店員がポケミスというジャンルすら知らなかった。なので通販である。本当は神保町に行って、ポケミスを沢山置いている書店を探したかったのだがいかんせん時間がない自由がない。
そうそう、自由がない時間がない故に、こうして大風呂敷は広げているが、1作1作についての感想はメモ程度になってしまうと思う。ご了承あれ。
というわけで、「途中でやめずに済む時間のある方」で「推理小説がお好き」で、「丹念な心理描写が嫌じゃない方」は、間違いなくもうどっぷりハマって死ぬほど満足できること請け合いである。
ダルグリッシュものは英国でドラマ化もされており、日本でもビデオが出ていてその広告で写真だけは観たことがある。まあまあイメージ通りと言えなくもない。しかしソフトも放映も未だ観られず。原作本がこうなんだもん、DVD化なんて厳しいよね…(号泣)
最新作だが、「そんなに長くない」「いわゆる孤島もの」「プロットは1つだけ」ということで、『灯台』は意外ととっつきにいかが。
本国ではもう1作が既に出ている。齢が齢だけに、今後は1作1作が「最終作」の恐れあり…!別の意味でもスリリング!