2009年09月08日

P.D.ジェイムズ再読B―『不自然な死体』

 
不自然な死体 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
不自然な死体 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
早川書房 1989-08
売り上げランキング : 289203


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 ダルグリッシュ警視第3作。
 この作品で評判を固めた感じです。
 今回は、休暇に来たのに近所で殺人事件が…というパターン。
 もうこれは、ダルグリッシュがいかに普通の警察官であろうと、一度は避けられない宿命のようです(笑)(二度あるけどね(笑)=『策謀と欲望』)
 物書きが何故か集まって暮している集落。そこに、婚約者と母親を相次いで亡くし、家の切り盛りをしているうちに婚期を逸してしまったダルグリッシュの叔母(恐らく父親の妹)がいる。そこでのんびり、のはずが…
 恋愛小説家、推理作家、劇作家、評論家、みんな嫌な奴ですね(笑)。ちなみにダルグリッシュの叔母ジェイン(というとミス・ジェーン・マープルを思い出すけど…)は鳥類のアマチュア研究家。
 この叔母とダルグリッシュは、長い会話は描かれていませんが、叔母もダルグリッシュ同様、真面目で非常に賢い女性だということはよくわかります。ダルグリッシュが一番親しみを感じる女性だというのも無理はありません。(ダルグリッシュは、概ね、知的に自分と対等な女性が好みのようです。当たり前か…)
 さて今回の犯人像ですが…
 やっぱり、ジェイムズの目は冷徹ですね。綺麗ごと、無理な同情はない。多分、公務員としての仕事でこういう人は何度も目にしてきたんだろうなーと思う。私もこの犯人みたいな卑屈な人は嫌い。
 そしてダルグリッシュは、第1作『女の顔を覆え』で出会い、第2作『ある殺意』で偶然再会した(自分が詩集を出している出版社の社員だった!)デボラとは、デートをする間柄ではありますが、そろそろけじめをつけなくてはいけない時期にきています。結婚か、さもなくばきちんと別れた方がいいと。まあお互いいい齢ですしね。
 しかし結婚というのは究極のエゴイズムですね。「縛り、縛られていい」という。
 私は結婚してみてから常々、結婚というのは結局、ある程度は「押し」と「勢い」と「厚顔」だと思っています。「互いに同じぐらい想っている」だけでは実現しない。どちらかがもう片方より少しだけでもいいから押しが強くて、厚顔でなくてはいけない。何故なら、多少は窮屈な思いをしても「夫婦」になりたい、と思ったら、「縛りたくない」なんて綺麗ごとは乗り越えなくてはいけないから(同時に、「縛られたくない」という、これまた別のエゴも)。
 で、ダルグリッシュはどうかっていうと…(笑)
 「縛りたくない」で悩んでますね、毎回(笑)。
 後の作品を見ると、デボラ以後にもデートをしたりあらーんな関係にまで至った女性には不自由していないようです。勿論そういう描写があるわけではなく、彼の恋愛パターンはいつも結局「お互い束縛したくない」でフェイド・アウトだ、というくだりが、最新作『灯台』にあるのです。
 まあ彼の場合、「縛られたくない」よりは「縛りたくない」の方が強いだけまだいい人というべきか…
 結局は、カッコつけェなんですね(笑)。(これもカッコいい主人公の宿命か!?(笑))
 普通に20代で結婚、ところが出産で妻子諸共亡くしたという壮絶な過去もありますが、それももう(この話の時点では)20年近く前のことですし、トラウマになっているという描写もありません。他の女性を好きになれないほど奥さんを愛していたわけでもない…このへんジェイムズらしく淡々としてます。実際デボラとは確かに恋に落ちているわけですし、好みの女性がいれば好きにもなります。
 結局、「縛りたくない」なんて思ってるうちは、その人のことを本当には愛していないんでしょうね。「自分の家にいる彼女を想像できない」「(2人で出かけた色々な場所が)背景にないとダメだ」なんて…アンタがダメだよ(笑)。本当に好きなら、四の五の言わんと家に入れてしまいますな。まあそれで失敗する人は失敗するってこともありますが…
 そんなこんな、プライヴェートではさっぱり煮え切らないカッコつけマン(死語)なダルグリッシュですが、後にまた私を悲しませることに…(笑)
posted by 高野正宗 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

この記事へのトラックバック