(今ガイドブックで調べてみたら、駅の近くにも何軒かホテルはあるようなのだが、既に書いたようにホテルだと4人1部屋に泊まれない。)
長岡駅から近くまでバスも通っているが、午後の早い時間に(!)終わってしまい、最寄駅から歩くしかない。
歩くにもかなりの距離だが、駅まで行けばタクシーなり商店なりはあるだろう・・・
さてそれが、どこの駅だったか・・・記憶がない。
長岡からローカル線で確か2駅。おぼろげな駅名の記憶と共に、時刻表に載っている索引地図で調べてみた。
信越本線の前川、のようだ。
とすると、宮内、前川。ガイドブックで確認したら、小千谷行きに乗って前川だった。
その前川駅。
降りてみて無人駅ということで嫌な予感はしたのだが。
果たして。
田んぼ。
駅の向かいにお墓が一つ、あとは見渡す限り、田んぼ。
どーんと。
駅の周囲に何も無い。駅いきなり田んぼ。煙草屋一軒ない。
都会の常識が通じないことを思い知らされた。
遠く遠くに新幹線の高架が見える。
長岡駅で最初にもらった地図によると、ほぼ真南に「かまぶろ温泉」はあるようだ。まっすぐあの高架目指して歩いていけばいい。
あぜ道を歩くこと1時間半。その間に見かけたのはリヤカーを引いたおっちゃん一人のみ。
人がいない!田んぼだけ!
田んぼを抜けると車がすれ違える程度の道路にやっとぶつかり、右に折れると間もなく旅館があった。住所はガイドブックによると十日町であった。
当然、旅館の人には驚かれた(じゃあいつもどうやって客はここにくるんだ・・・そんなに早い時間に来るのか・・・)。
まあでも、友達となら1時間半でも辛くはないのだ。
食堂では、料理に蠅よけネットがかかっていた(・・・初めて見た・・・)。
かまぶろというのは、天井の低い室(むろ)のような蒸し風呂。普通の温泉もあるが、その蒸し風呂が名物で、寝転がることができる。実はサウナが苦手なので楽しむとまではいかなかったのだが・・・
翌日は、朝食の後、悠久山に行くと言ったら、旅館のおじさんがバンで送ってくれた。もしかして、ガイドブックには書いていなかったが、迎えに来てとかくれるんじゃなかったろうか。次回があれば試してみよう(ちなみにこの旅館、我々が行った直後に改装工事をしたので、今は随分きれいになっているのでは)。
この悠久山(悠久山公園)には、蒼柴神社、長岡市郷土資料館がある、観光スポットである。スポーツ公園(野球場など)もあるので、地元の人はこちらも利用するのだろう。
郷土資料館は、長岡城を模した建物で、長岡の歴史風土や暮らし、長岡出身の有名人について詳しい展示がある。基本的にどこへ行っても郷土資料館には行くべきだし、ここも長岡を知るにはもってこい。
当時日本に3門しかなかったうち長岡藩にあった1門のガトリング砲を見たのもここ。
以後、もらってきたパンフを参考に。
天守閣1階が雪国長岡の生活の展示で、昔の家の展示にあった「昔話を喋るおばあちゃんロボット」に、小千谷に一族がいる友人は、「おばあちゃんの喋り方だ」と言っていった。雪国ならではの衣裳や、花火大会の三尺玉の模型もある。
天守閣2階は戊辰戦争の展示。走り櫓2階と天守閣3階は郷土の偉人。山本五十六、堀口大学の父ちゃん、河井継之助があり山本帯刀(五十六の亡き養父、家老)があり、米百俵の小林虎三郎、あと、名前を失念したが『武士の娘』の著者の女性なのである。あと、小金井良精もあったはずだなあ。長岡の人だから。憶えてない・・・。
実は、2階から上では職員なのかボランティアなのか、説明の人がぴったりついてくれたのだが、裏話も聞けた一方ちとうざくもあった(すまん)。何でも五十六の息子はボウリングが下手な女子プロより上手く今も元気だ・・・とか、花火大会などの観光客は長岡ではなく別の観光地に宿泊する・・・とか。
あと、「山本五十六当時、引き出しのついた机が持てたのは長男だけ」という話(文机タイプなのに変わりはないけど)ということも聞けた。五十六が使っていた小さな机もあったと思うが、確かに引き出しはなかった。それから、展示してあった五十六の大礼服、これは当時家一軒の値段だったそうである。(これは大礼服が高いというよりは、家が安かったんだと思うが・・・。)五十六関係の展示物は、既に述べた通り互尊文庫(正式名称は日本互尊会の如是蔵博物館だった)の方がコア。
戊辰戦争で戦死した山本帯刀の刀もあった。
「戦利品」として宇都宮の神社に奉納されていたものが返還されたのだそうだ。
・・・そういうことすんだよ、奴らはっ!!
許せねーよ。何が正義だよ。
人物関係の上の階には、国定公園や国立公園の展示もある。
屋上(4階)は所謂天守閣というか、元々山の上にあるから非常に見晴らしがいい。愛する魚沼コシヒカリの故郷や、かつてイチローが野茂からホームランを打ったという(案内の人が教えてくれた)球場も遠くに見えた。
蒼柴神社。この蒼柴も『るろ剣』に出ていた名前。
ここには、山本帯刀と河井継之助のお墓(二人の墓は長岡駅近くのお寺にあるので恐らく分骨か、ここは墓碑のみ)がある。また、太平洋戦争当時に奉納された機雷と魚雷もある(当時は先勝を祈願してこういう習慣があったと、後で聞いた)。
あの戦争に善も悪もあったわけがない!誰に何の根拠があって長岡を、会津を貶める資格がある!
立てば、そういうことを感じる場所・・・。
結局、許せないのは”維新の志士”ではなく、明治政府っていうのはあくまで最終的なおいしいとこ集団で、許せないのはその明治政府なんですね。もっといい形で新しい国にしたかった人はその頃は死んじゃってたんだなあとつくづく感じるようなことしかしていない。
会津イジメ。長岡イジメ。・・・無意味な、ただ滅ぼしただけの、戊辰戦争の果てに。(この戊辰戦争というのは、竜馬だったりそういう人たちが考えてたこととはまた別で、結局はかさにかかった、やらんでもいい殺戮だったような気がする)
本当にね、五十六を知って以来、どうしても、戊辰戦争というものに納得がいかない。
帰りは駅までバス。駅のアーケードでお土産を物色したのだが、何を買ったか、米百俵以外は憶えていない。余り名物といえるものもなかったのか、なぁ・・・(その後第二次では結構買った)。書き忘れていたが、長岡は駅に良寛さんの像もあるなど、良寛さんの町でもある。売店には、男性ソノモノの形をした器に入ったお酒(その相方もある♪)など、男女和合ネタのお土産も沢山あった。大変結構でございます。
これにて第一次長岡行きは終了。第二次では同じところをもう一度回ったのと、新しくできていた「山本五十六記念館」に行った。
というわけで、第二次に続く。
(オマケ)
車田正美の幕末好きもバレバレ(笑)。しかもどっちかというと佐幕派の方に思い入れがあるっぽい。『リングにかけろ』の「越後の若武者」河井武士に、未完の『男坂』は戊辰戦争をなぞって本当は函館五稜郭まで行く話なんだよね。こういうのを見るとやっぱるすごい漫画家だなと。新撰組のマンガもあるそうで。
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